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ルワンダに来たなら内戦の歴史を学んで帰りたい、と思った。

Gen1


ルワンダ紛争末期の1994年、フツ族大統領暗殺を機に起きた大量虐殺。
わずか100日の間に50万~100万人のツチ族と穏健派フツ族が、過激派フツ族に殺害された、血で血を洗う民族浄化。

そもそもフツ族、ツチ族なんて人種分けしたのはベルギーの植民地政府であって、もともと彼らは同一種族なんだそう。それが紛争にまで発展するほどの民族対立を生むまでになったのには歴史があるのですが、複雑なので説明はWikipediaに譲るとして。


日本を発つ前に、「ホテル・ルワンダ」は見てきました。
ホテル・ミルコリンズ(上の写真の!)の総支配人・ポール・ルセサバギナが多数のツチ族をかくまって、命を救ったという話。
ルワンダ内戦の話としては有名な映画だけれど、ルワンダ人の評価は低いんだとか。

「ルワンダの涙」がより現実を映していると聞いて、ルワンダ旅行前日に見た。
たしかに、「ルワンダの涙」が映すのは、もう救いようのない恐怖、狂気、絶望、無力な国連軍。民族紛争というものの恐ろしさを知るなら、ぜひ見てほしい。


この紛争の歴史はギコンゴロのジェノサイドメモリアルで勉強することができます。有料でガイドも付けれる。映像や写真がたくさんあって、うーん、血や死体や斧でかち割られた頭などを見るのが苦手な方は、ここでもけっこうしんどいかもしれません。
世界のジェノサイドについても展示があります。ナチスによるユダヤ人大量虐殺、カンボジア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボ紛争。(だったかな…?)


キガリから南へ25km、ンタラマには元学校校舎のジェノサイドメモリアル。
時間がなくて行きませんでしたが、ここは世界で唯一、ミイラが大量に展示してある(あった?)博物館。虐殺で亡くなった方を何百体、そのまま展示。
虐殺の折には、子供が優先して殺されたそうです。
子孫を未来に残さず、民族を根絶やしにするため。
ここには子どもを殺すための建物があります。
一列に並ばされた子どもたちは、足をつかまれ壁に頭をぶちつけられて、順に殺されていった。
その壁には今でも血と肉片と髪の毛がびっしりついて、黒く残っている。


さらに南へ5km、ニャマタには元教会のジェノサイドメモリアル。
過去にジェノサイドが起きた時、人々は教会へ逃げた。
そこが神聖な場所だから、そこでは殺戮は行われないと信じて。
だから1994年もみんなそこに逃げた。

今、天井には無数の銃痕から日が差し込んで星空みたいになっていて、壁にはその高さまで血の海になったことを物語る、ブラッド・ラインがある。

教会の地下には、白いきれいな棺がひとつだけ、置いてありました。
そのひとつだけ、何か特別なかんじ。
牧師さんかなと思い、これは誰なの?と聞くと、
「この棺には、ひとりの女性が眠っています。」
その女性は、みんなの前で、15人以上の男にレイプされた。
そのあと、彼女の赤ちゃんと共に殺された。
股の間から脳天までヤリで貫かれて。
「彼女の体には、今もヤリが刺さったままなんです。」

教会の裏手の地下には、何百体もの骸骨が安置されてた。
斧の痕や銃痕があるもの、どう見ても小さな赤子のもの。


今、ジェノサイドメモリアルはどこも、写真撮影を禁じている。
カガメ大統領の方針では、「いつまでも虐殺を語っていないで、早く忘れて、ルワンダは発展していかなければ」ということらしい。
学校ですら虐殺の歴史を教えない。


日本人の感覚からいうと、「それはどうなの?」と思っていたけれど、
何百ものどくろに見つめられると
「ルワンダ人が、早く忘れたい、忘れる必要があるというなら、忘れたほうがいい。隣人同士がこんな酷い虐殺をしたなんて、むごすぎる。」と思った……


今でも虐殺が起きた季節になると記憶がよみがえって錯乱してしまう人がいたり、他人が信用できなかったりと、まだあのころの傷が生々しく残っているルワンダ。

はやく、みんなの心が穏やかになって、彼らの発展への努力が、ちゃんと実を結ぶといい、と強く思いました。
せっかくこんな良い国なんだもの…
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